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インタビュー
  • 2013.05.21



正しさを疑うことと、日本の農業の未来――いま大きな話題となっている『黙示』の著者、真山仁氏の特別インタビューが実現しました!(聞き手・叶内)

 
 
 
叶内「非常に面白く拝読いたしました。農業の話が興味深いだけではなく、情報をいかに伝えるか、情報を信じるとはどういうことかについても、考えさせられました。」


真山「『黙示』は日本の農業をテーマにした小説ですが、おっしゃる通り農業のことだけでなく、他にも訴えたいテーマがあります。小説は、ノンフィクションと違い、登場人物の行動や考えを通して、いくつかの生き方を疑似体験することができます。その過程で、社会がそれまでと違った視点で見えてくる。自分だったらどう生きるのかを考えながら読むことも、小説の楽しみ方のひとつだと思います。」


叶内「私は代田という養蜂家の発言を通して、マスコミのあり方を考えさせられました。情報の伝え方一つで、騒ぎが大きくなっていきますね。」


真山「食の安全の話は、情報に振り回されるから不安になる、ということもあります。では、情報は誰から発信されているのか。一つはマスコミです。でも今は、マスコミの情報は信じないという人がいる。今回の作品にも、マスコミの情報は信用しないけれど、自分で得た情報は正しいと思いこんでいる人が登場します」


叶内「土屋宏美さんですね。」


真山「はい。しかし、マスコミが発信している情報も、個人が発信している情報も、情報という意味では変らないはずです。それなのに、正しさを恣意的に信じているわけです。東日本大震災以来、こういう人が増えていて、非常に危うい状態だと思います。正しさとは何か、悪とされているものを単純に排除していいのかということです。」


叶内「農薬の是非にもつながる問題ですね」


真山「養蜂家の代田は、『農薬の恐怖は放射能以上だ』と発言してしまうのですが、ある種の農薬が蜂に被害を与えることは間違いない。だからと言って、単純に善悪を二分化して考えられるのか。農薬メーカーや国が悪いといって済む時代なのか。そうではないと思います。むしろ、複雑化した現代は被害者であると同時に加害者にもなりうる時代です。二項対立で物事を考えるのは、やめた方がいい。
3・11以降、現代社会がいかに危険な要素を包摂しているかがあらわになりました。その危険を知ることは怖いけれども、知らないままでは済まされない。国に全て任せてしまえばいいという時代は終わり、何がリスクなのかを各個人がきちんと知って考えるべき世の中になっていると思います。」


叶内「私たち消費者が試されているということですね。一般人というと、先程もお話に出た土屋宏美が消費者を代表した人物だと感じました。小説の中の人なのに、”嫌い”という強い感情が生まれるくらいリアルでした。」


真山「今回、多くの方から土屋宏美について感想をいただくのですが、ある女性の読者は、自分は同じことをしない自信があるのか、と考えてしまったと言っていました。情報の取り方や、彼女が主張する正しさには、危うさがある。そこに、原発問題にもつながる大きな問題が潜んでいると考えています。」



叶内「ところで、今回の『黙示』はどんな経緯で生まれたんですか」


真山「農薬に含まれているネオニコチノイドの話や、農業の輸出の話、養蜂家の代田や農水官僚の秋田などは、数年前に出した『プライド』という短編集の中でも登場します。ですが、今回の長編の準備に一年半かかりました。」


叶内「そんなに時間をかけられたのですね。」


真山「その間に震災があり、余計に時間がかかりました。実は、蜂も飼ったんですよ。」


叶内「実際にですか?!」


真山「実際は養蜂家に委託していましたが、農薬散布時期に一週間観察をしました。農薬の影響なのか、巣箱に戻れなくなった蜂もいました。農薬の危険性は確かに存在します。その危うさを、元々心の中で書きたいと思っていた食の安全や、強い農業を作るといったテーマと合わせて作品にしたいと考えたのです。」


叶内「そもそも農業をテーマに取り上げたきっかけはなんだったのでしょうか?」


真山「もともと、私が小説家としてデビューしたのは、すでに日本が低迷を始め、日本は終わった、ジャパンナッシングと言われ始めた頃でした。社会的な事象に重きをおいた小説を書きたいと思っていたのですが、日本はもう沈んでいくだけだ、と書くのは嫌だった。そうではなく、未来の希望を書きたかった。といっても、楽観的なことだけを書くという意味ではありません。今の状態を直視し、そこからどうやって乗り越えていくべきなのか、道のりを示すことが大事です。そのテーマの一つとして、早い頃から農業を、もう一度見直すべきじゃないかと考えていたんです。
 誰しも農業はきわめて重要で不可欠なものと理解していますが、そのわりには無関心です。多くの人にとって食べ物を選ぶうえで大切なのは、値段、味、そして見た目。あとは、産地です。」


叶内「ええ、私もつい気にしてしまいます」


真山「ですが、ある産地で作られた食物が、実際にどうやって作られているのかについてはほとんど関心が払われていない。本来はそれこそがとても大事なことのはずなのに、イメージだけで判断してしまって、それで事足れりとしています。」


叶内「確かに、考えが浅いように思いますね。」


真山「他者から与えられるだけの情報や、一面的な見方を、疑ってみる。そこが非常に重要だと思います。農家のあり方についても、同じでしょう。国から言われた通りに米作りをやっていれば十分という時代は終わりました。従来のやり方を疑い、新しいことに挑戦しなければ、道は開けてこない。様々な業界で成果を出している人は、従来のやり方にプラスアルファのアクションを起こしている人や、全く違う発想で動いている人です。農業だって同じはずです。そして、新しいことをやろうと頑張っている人を支援する。これが真っ当なありかただと思います。」


叶内「その新しい発想の一つとして、農産物の積極的な輸出やビジネス化という流れがあるのですね。」


真山「いま、日本を取り巻く農業ビジネスの構図が変貌しつつあります。国内産業としての面だけではなく、アジアの富裕層を視野に入れると、アジアで勝負できる部分は何かが見えてきます。日本の強みは何か。香港、シンガポール、上海、ベトナム、タイといった国や都市には、高くても日本の食料を買う消費者が現れています。香港の富裕層は、中国大陸から500円で買えるキャベツより、日本の一個1000円のキャベツを選ぶのです。彼らが求める最大のポイントは安全性です。」


叶内「味ではなくて、ですか?」


真山「味は結局、嗜好の問題になってしまう。しかし、今や安全をカネで買うというのは、世界共通のルールです。日本にはそういう発想が希薄です。日本では、国が安全にカネを払ってくれていましたからね。」


叶内「なるほど。」


真山「ただ、将来にわたっても、日本人は今まで同様に安全を享受できるのか。食の問題を追究していると、そこに疑問符をつけざるを得ません。」


叶内「どういうことでしょうか?」


真山「一つ例を挙げてみます。年収が下がり始めると、多くの人が、まず削るのは食費でしょう。高い食材ではなく、少しでも安い食材へ、安い店へと人は流れます。しかし、そこで提供されるのは、海外から輸入された安価な食材であることが多い。そうなると今よりも、安全性が低くなることを覚悟しなければならない。」


叶内「難しい選択ですね」


真山「GMO(genetically modified organism=遺伝子組み換え作物)に関しても、安全性とコストという面からも真剣に考えたほうがいい。感覚的に何となく怖いというだけでは、本当のリスクが見えてこないと思います。」


叶内「今回の『黙示』でも、GMOを忌避するのではなく、避けて通れないものとして、きちんと向き合おうとする姿が描かれていて、まさに食の安全と日本の農業の未来を考えるうえで、力強い読後感でした。他にも、非常に多角的な視点を提示されていると思うのですが、農産物の輸出とビジネス化のメリットについて、あらためてお考えをお聞かせください。」


真山「逆に、食糧の輸入が止まったらどうなるかを考えてみるとよいと思います。日本がいつまでも海外から食糧が買えるとは限りません。もし、国内に小麦が入ってこなくなったら、パンやパスタの値段は跳ね上がります。その場合は、いくらパン好きの人でも、ご飯を食べるでしょう。あるいは、米粉のパンを食べるかもしれない。他にも様々な食品が登場するはずです。こうした状況で重要なのは、米作りの力です。現在のように、減反しておいていざとなったら田んぼを全て復活させればいい、という簡単なことではない。そうではなく、輸出ビジネスを強化することで、農業の働き手を確保しておき、万一危機的な状況になったら、その生産力を国内に回せばいいのです。」


叶内「農産物を輸出することで、農業の基礎体力を確保しておくということなんですね。」


真山「農業をビジネス化すれば、そこに投資が生まれます。例えば、輸出に打って出ている農家に投資するとなれば、インセンティブが出て、産業として育っていきます。これが、最近言われる六次化の目的でしょう。農業ファンドを立ち上げて投資してもらうというのは、今までの農協の仕組みとは次元が異なるのです。その中で新たなビジネスが生まれれば、日本の農業の未来も見えてくると思います。」


叶内「お話をお聞きしていると、日本の農業の現状を乗り越えて、新しい世界が開けてきそうな明るい予感がしてきました。このたびは、お忙しいなか時間を割いてくださり、本当にありがとうございました」




■真山 仁(まやま じん)
1962年大阪府生まれ。小説家。新聞記者、フリーライターを経て、2004年『ハゲタカ』でデビュー。2007年に『ハゲタカ』『ハゲタカⅡ』を原作とするNHK土曜ドラマが放映され話題になる。地熱発電をテーマにした『マグマ』は2012年にWOWOWでドラマ化された。
最新作は、日本の食と農業に斬り込んだ『黙示』(2013年2月刊、新潮社)。その他の著書に、中国での原発建設を描いた『ベイジン』、短篇集『プライド』、3.11後の政治を舞台にした『コラプティオ』など。
http://www.mayamajin.jp/

 


■叶内 文子(かのうち あやこ)
経済キャスター。
ラジオ短波(現ラジオNIKKEI)を経て1999年フリーに。
「マーケットプレス」「和島英樹のウィークエンド・ストック」などに出演中。証券アナリストでもある。
山形県出身 











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