• 2015.04.06
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Paolo Massobrio(パオロ・マッソブリオ)さんは、農業経済及び食文化の分野で長く活躍してみたジャーナリスト。食のガイドブック『il Golosario(イル・ゴロザリオ)』の著者であり、イタリア全土で会員数6000名、50支部を持つグルメクラブ『Club Papillon(クラブ・パピヨン)』の主宰を務めています。
彼のレストランガイド『イル・ゴロザリオ』は点数や星ではなく、料理の良し悪しはもちろん、居心地、雰囲気、地域との関わり方や、時には、オーナーの人柄まで審査の基準となり、彼のガイドを利用してレストラン選びをすれば間違いがないと、ガイドの利用者たちから大きな信頼を集めています。 

『イル・ゴロザリオ』はレストランガイドだけでなく、ワイン、農産物、食材やお菓子など各地域の特産とその優れた生産者を紹介するガイドも発行。私も食関係のクライアントのための視察場所などの選定の参考に利用することが少なくありません。 

今年1月の半ばにそのマッソブリオ氏から彼の情報サイトに連載の依頼を頂いたときは、何が起こったかと驚きましたが、名誉なことでもあり、喜んでお受けしました。
、、、とは言うものの、テーマや頻度たずねても全て『Come vuoi!(君の好きなように)』と返事あるのみ。全国紙にかけもちで寄稿し、最近はテレビにレギュラー出演もされている多忙な人の時間は奪えない。自分で考えるしかない。少し考え込んでしました。

考えた末、基本的に次の約束事の中でテーマを決めることにしました。

1・私は料理やワインの専門家ではないから、食の評論はしない。このポータルには多くのイタリア人の食の専門家が寄稿していますから、マッソブリオさんが私にそれを求めているとは思えません。

2.イタリア人はまだまだ日本の食文化を現実を知らない人が多いため、日本の食文化を楽しく広げていく。

3.イタリアの政治や経済はここ数年低迷していて、人々の顔も曇りがちです。イタリア産業の優等生、『食』を日本人の目で見つめ、イタリア人を励ますような内容のものを書く。

それで第一回目は、『宝半島・イタリア』、2回目は『寿司の被害者』3回目は『ザ・ミラクル・バター』4回目は『ワイン・オブ・ライス-日本酒』そして現在5回目、6回目と順調に2週間間隔で寄稿が続いています。

マッソブリオさんの承諾を頂きましたので、今回はまず、その1回目を日本語で掲載します。
もちろんこれはイタリア人に向けて書いているものですから日本の皆さんには当たり前のことを書いている部分もあり、少し違和感があるかもしれませんが、その点お含みおきください。

では、Buona lettura!

イタリア宝半島 (La penisola del tesoro: 2015年1月21日付)
http://www.ilgolosario.it/assaggi-e-news/attualit%C3%A0/motoko

 「お宝あった?」 
 マルペンサ空港の免税店が並ぶ通路を抜け、帰国便への搭乗を待つ日本人が友達同士でよく口にする言葉だ。「お宝」とは、以前はほとんどの場合ブランド品を意味し、彼らの足元にはピカピカの紙袋が3つ4つと置かれているのが普通だった。ところが最近のイタリアへの日本人旅行者にとって「お宝」は多様化し形を持たないことすらある。      
 この10年ほどで、日本人の旅のあり方は大きく様変わりした。
日本人観光客はイタリアにとって成熟市場になり、ローマ、フィレンツェなどの観光主要都市を巡る格安団体パック旅行への申込者数には陰りがある。日系ツアーオペレーターも岐路に立たされ、よりオリジナリティーがある少人数のための企画を高い質で提供することを迫られている。

 イタリアは日本人にとって魅力多い国だ。一度イタリアを訪れれば、その多くが2度3度とイタリアの土を踏むことになる。そしてその主要目的が食文化の発掘であることは稀ではない。教育課程で世界史や西洋美術が必須の日本だが、イタリアの史跡に対する一般人の知識はヨーロッパ人のそれに比べれば当然浅く、それらに心を動かされることは難しいのに対し、イタリアのエノガストロノミーが持つ説得力つまり『美味さ』は直接的で抵抗しがたい。 

  加えて食を文化として重要な位置づけをするイタリアでは、小さな生産者にこそ日本人が求める「商品の裏にあるストーリー」を含んでいることが多い。 

  7年ほど前、日本のツアーオペレーターから突然切羽詰った声で電話があり、どうしても獲得したい料理学校のイタリア研修の仕事があるが、提案した企画を学園長から「こんな平凡な企画この私に持ってくるな」とつき返された。何かオリジナリティーのある企画を作れないか?という。彼の企画ではチーズでもワインでも生産組合から紹介された大規模生産者(企業)の見学を選んでいた。

 それまで個性的なツアーは提案しても敬遠するばかりのこの旅行会社からの依頼に、(どうせ今回もノーというだろう、だったら、、、)と敢えて自分が一番好きな個性的な生産者を選んで日程を組んだ。ビエッラの森の中にあるトーマ生産者、モンフェッラートのトリフ採り、レストランでのパスタ実習そしてバローロ造り手のテオバルド・カッペッラーノも入れた。後日、予想に反して催行が決まると、受け入れは10人がせいぜいだとテオバルドにも他の生産者にも50人の訪問に小言を言われた。

11月の訪問の当日、テオバルドは体の具合が良くなかった。それでも松葉杖をついて必死でカンティーナまで降りてきてくれ、まるで自分の孫に話をするようにまだ知識も浅い日本の料理人の卵たちに時間を割いてくれた。その姿に心を打たれた日本の若者たちは彼から買ったワインをバスの中でトリノに着くまで抱いていた。テオバルドの訃報を聞いたのはそれから3ヵ月後のことだった。

これらのことは実は日本人にとってエキゾチックに写るのはおかしいのだ。日本には仏教の他に神道があり、そこにはアニミズムの基づく食の考え方がある。
 子供の頃、私の祖母は、それぞれのご飯粒が仏様が三体いらっしゃるから粗末にしてはいけないと毎日言い続けていた。日本人の食には魂があった。食べ物を敬う気持ちが『もったいない』という言葉にはある。

 その同じ日本人が今は植物工場という施設を作り、土には一切触れさせない無菌状態の野菜を作って販売している。農水省も施設の増加を補助金制度で後押している。日本でも当然有機農業の価値は高いが、巷には味のしない野菜が流通していることが多い。イタリアに来るとどこで食べても野菜が美味しいという日本人は今でも多い。どこかでボタンを掛け違ったままの食世界に閉じ込められた日本からやってくる旅行者にはイタリア人が心血を注いで作るワインボトル一本、魂のこもった温かなスープ一杯が心の宝になり得る。

 イタリアの小さな生産者や飲食店をとおして州ごとに人々の暮らしを紹介する日本の雑誌の編集長は、取材旅行の帰りに日本へのお土産としてどうしても持って帰りたいとサヴォイ・キャベツを抱いて帰った。『甘く、味わいの深いキャベツの緑はブルガリのダイヤモンドより美しい!』と。


畜産
  • 2014.09.15
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今年の夏は、特に北イタリアでは記録的な冷夏。
「雨になると困るからさ、今年は山小屋じゃなく村の自宅でやるから!」




バター作り名人オルガから今年もありがたいお誘い。8月15日、Ferragosto(聖母被昇天の日)には、私の住むピエモンテ州ビエッラの酪農家たちにはポレンタ・コンチャを作って人をもてなすという風習があります。

毎夏、夫婦で招いてもらい、毎回お腹いっぱいになるまでカロリーたっぷりのこの料理を酪農を営む村の仲間たちと食べる!食卓をみんなで囲むのも楽しいけれど、作っているのを脇で見物するのも私には楽しい!

メニューが気になって仕方のない夫。
ポレンタ・コンチャだけに集中したい男

私も自宅で作って友人に出すことはあるけど、20人分を作れる大鍋も、それを吊るせる暖炉もなく。オルガのそれに比べれは私のポレンタ・コンチャなど子供のままごとレベル。

ビエッラ地域の郷土文化研究家、故ターヴォ・ブラットの『l’an-ca’ da fe’(炉のある家)』を繙くとポレンタ・コンチャの作り方は次のとおり

『1,5リットルの水を銅鍋または鋳物の鍋で沸かす。薪で火を焚いて作るならなお良い。塩をしたところで0,5キロのトウモロコシの粉(ポレンタ)をさらさらと小雨の状に加えて行き少なくとも30分は弱火で煮る。

その後に、脱脂乳のトーマ(熟成が若すぎてもいけないし、古すぎてもいけない)を小口に切ったものを加える。

完全に渾然一体になるまで混ぜ続けること10分程度。別鍋で好みで100gから400gのバターを溶かし温める。

あつあつのままポレンタに振りかけ、これも表面に見えなくなり渾然一体となるまで混ぜれば出来上がり。

 




熱いうちにお皿に盛り、熱いうちに胡椒をして食べる。』

、、、これはレシピとは言えるのか?バター100から400gなんて幅がありすぎ!でもそのくらい各農家の好みで分量が違います。

ちなみにこれを4人分、バター200グラムを使用したとして計算してみたら1000kcalにもなりました。



が、これはこの地域の酪農家たちの生産する酪農品つまり牛乳の分解&再生がコンセプトの料理と考えれば良いと言われたことがあります。

牛を飼う、乳を得る、乳の表面に浮いた脂肪からバターを作る、残った乳からトーマチーズを作る。バターとチーズに分離させたはずがそれを再び緩めに作ったポレンタの中で一緒にしてやる。それがポレンタ・コンチャなのだと。

現代社会に暮らす私たちの体にはこれはハイカロリー過ぎ!翌日は体が明らかに重く感じる。


が、初夏に家畜を連れて一旦アルペッジョに登ったら秋まで山から下りてこられなかった昔の酪農家たちにとっては、パンすら山に持って上がれないわけで、粉として持って上がれるポレンタは重要な栄養源。

それに自分たちが作ったチーズの中でも最高の出来のものをポレンタ・コンチャにして楽しむ。夏の山に生える草花を食べて出す乳で作るチーズが一番香りも高く脂肪も豊かでおいしいと言われています。

マウンテンバイクやジープで簡単に村に降りてこられる今日でも、この地域の酪農家、マルガリの人たちにとって、この料理は格別で、8月15日の食卓に集まり、真夏の炎天下で、さらにアツアツのこの料理をスプーンにすくいとり口に運ぶ笑顔も特別級です。
その他
  • 2014.02.18
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2013年12月3日付けWebマガジン『Il Fatto Alimentali』にイタリアの主要取引所であるボローニャ商品取引所の穀類取引エキスパートのアンドレア・ヴィッラーニさんへのインタビュー記事がありましたのでお伝えします。

食品の安全性への意識が高まる昨今、私自身は料理の素材選びには気を使っていると思っていましたが、ではそれを自分が選んだ意味を自分は十分に理解していのかと少し自問させられる記事でした。

 例えばイタリアで生産されるパスタに使用される小麦粉一つをとっても、外国産を使っているから良くない、イタリアさんだから質が良い、あるいは安全だと言えるか?
 義理の母は生パスタは日頃から慣れたバリッラ社製を使用

 小麦について語る場合、たとえばイタリアは『Mede In Italy』を高品質の旗印に貿易振興キャンペーンを行うようになってから久しくなりましたが、ヴィッラーニ氏はパスタなどの小麦が主要原料の製品にこれを謳うのはあまり意味がないといいます。本当に大切なことは『消費者の安全性を確保しつつ高品質の製品をつくること。』だと。イタリア国内の小麦の生産量はFAO統計によれば2011年の調べで662万トン。2010年の輸出入農産物で金額にした上位5品目でパスタは輸出品でチーズについで4番目、輸入品では小麦はタバコについで2番目となっています。


グラニャーノ産のパスタ(左)プーリア産オレッキエッテ(右)
 

『イタリアで生産される穀類、種実類は需要全体の50%以下。軟質小麦(triticum aestivum)では50%以上、硬質小麦(triticum durum)は30から40%を輸入している』とヴィッラーニ氏。『イタリアは、特に硬質小麦ではカナダと並ぶ世界的な生産国(2012年には416万トン)。しかし一方ではイタリアで生産されるパスタの50%が輸出されている。硬質小麦の輸入国としてこれまではフランス産がもっとも多かったが、ここ数年EUに加盟した東欧諸国(ハンガリー、ルーマニア、ポーランド)やロシア、ウクライナやカザフスタンからの輸入が伸びを示し、輸入量全体の25から30%を占めている。

小麦の輸入は絶対必要か?と問われれば答えはYes!だが、それは単に需要をまかなうためにではなく品質の上でも必要。工業生産面から見た場合、品質の安定確保には外国産も含め多品種を使用する必要があるため。

IGP認証マーク

一般的に小麦は一定の安全性が確保された農産物で、害虫駆除剤や金属類により汚染されるリスクも極めて少ない。EU圏内で生産されるものについては暫定基準など細かな輸入規定が設けられている。また遺伝子組換え作物問題についてはご存知のとおり小麦について世界的にGMは認められていない。イタリア国内でみれば現在のところ遺伝子組換え作物の栽培を禁止されていない。また、流通は許可されて(各原料について0,9%まで)いるが、その際はラベル上に記載が義務づけされていることから最終的には遺伝子組換え作物を原料として使用することは市場で有利には働かないだろう。

 菌類が発生するマイコトキシンの問題については、気象条件の悪化により発生することがあるが、これについても食品あるいは家畜飼料として用いられる作物には暫定基準が設けられており、高い安全性が保たれている。

 市場に汚染のない食品を提供するためのチェック機能は、食品を販売する企業でも行政組織でも年々増やしており、食品売買の取引におていは細かな基準が設けられその遵守が義務づけられている。その基準をクリア出来なかった生産品については家畜飼料にするなどして人の口に入ることはない。また、現代の若手農場従事者には特に食の安全性への意識が高く益々の食の安全性確保がさらに期待される。
       我が家の定番小麦粉はアルチェ・ネーロ社製だった
 
 以上から考えて、小麦市場は数百万トン単位で国際レベルで動いているという現状ではローカル単位でとらえることはあまり意味を持たないと思う。それでもイタリア産小麦を使用したパスタ商品を求めたい消費者は保護地理的表示(IGP)のある商品かイタリア産小麦使用を表示した商品を求めればいいと思う。』
 
  ここまで読んではたと思い立ち、冷蔵庫から小麦粉(軟質小麦)の1キロ入り袋を取り出してみるとこんな表示がありました。 IGP表示はありませんでしたが、さらに細かくエミリア・ロマーニャ州内で収穫されたビオ小麦100%と表示されており、ラザーニャ用のパスタはカンパニア州のパスタの生産地として知られるグラニャーノ産とオレッキエッテは半生パックでプーリア産ですがいずれも原材料欄には硬質小麦とあるだけで国産かどうかの表記はありませんでした。特にグラニャーノ産のものは低温で長時間乾燥させるパスタで茹で時間はかかるものの歯ごたえとプリプリ感がいつまでも損なわれない逸品。この食感を出すため小麦粉の調合にはイタリア産でない小麦も含まれているのかもしれません 
イベント
  • 2014.02.04
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フリーマガジン『イタリア好き』から昨年11月に発刊されたフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州号に引き続き2月1日にヴェネト号が発刊されました。ピエモンテ州に続きこの2つの州の取材コーディネートも担当させていただいました。

      フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州号(2013年11月1日配布開始)
       写真をクリックいただくと詳細ページにジャンプします。
 
『ピエモンテ号の時と同様、一般的な旅では出会わないような地域と人を紹介してください。』
『イタリア好き』編集長の松本浩明氏から依頼を受けた際の開口一番がこれ。
 
『思いっきり土の臭いがする企画』、『現地の人たちと触れあいのある企画』あるいは松本氏のようなリクエストにはお腹の底から湧き出るエネルギーを抑えきないまま走り出してしまいう私。(笑)
私と私のパートナー『原始人』(かれについてはいずれ、、、)のとっておきの美味しいものの生産者やシェフたちが登場します。
 

              ヴェネト州号(2014年2月1日配布開始)
写真をクリックいただくと詳細ページにジャンプします。
 
これまでイタリアで土を触って暮らす人、もの作りに携わる人とのネットワークはピエモンテ州だけでなくお隣のロンバルディア州、リグーリア州そして様々な縁でシチリア州やトスカーナ州などで培ってきました。
フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州(以下FVG州と表記)とヴェネト州はピエモンテと同じ北イタリアに位置する州で、食文化でも農業においても魅力的な州ですし、仕事では何度が訪ねていても私には未知の部分が多い州。

こういったケースでは(同行して通訳業務を行う際は常にそうですが)予習の他に特に現地入りした際、誰よりも先にその場の雰囲気や取材を受ける人の人柄を読み取るため、感性を尖らせておく必要がある。15年近くそこの空気を吸ってきたピエモンテ州を紹介するのとは訳が違います。緊張の連続。
 
 FVG州サウリス地域での取材風景
 
今回、もう一つ大切だったのは現地で取材先の選定など私たちをサポートしてくれる公的組織を探すこと。同じような依頼が毎日世界中から届くイタリアの公的あるいは民間組織。彼らの協力を取りつけるには『イタリア好き』のこれまでの取り組みや成果をより理解してもらうことが何よりですが、それが一筋縄ではいかない。胃炎に苦しむ毎日…
 
    ヴェネト州ヴィチェンツァでの取材中の有機農法の農家
(右端がPadpvanさん)
 
ありがたいことにFVG州では州の公的組織『Turismo fvg』がヴェネト州ではヴィチェンツァ県とデルタ・デル・ポーの観光協会が協力を申し出てくださいました。

気が遠くなるほど何度も互いに連絡を取り合い『イタリア好き』の求める生産者、飲食店を探していく。最初はそれぞれの団体が推薦したい別のラインがあっても、対話を繰り返していくうちにこちらの意図、『イタリア好き』のコンセプトが伝わるにつれ人間味の溢れる『小規模生産者』の顔が目に浮かぶような日程が浮かんでくる。

このあたりがコーディネートの苦労どころですが楽しみの一つですし、なんと言ってもこの間に勉強させてもらうことが多いです。

協力を頂いた各団体の方々、特に取材に付き添ってくれた各団体の皆さん

Turismo fvgTatjana Fumilioさん、Linda Marcuzziさん、 
Vicenca e’Carla Padovan さん
Card del PoFrancesca Beltrameさん

には心から感謝します。実際にご協力くださったのはいずれも女性。アプローチはそれぞれ違ってもいずれも聡明で快活そしてなんといっても地元を大事に思う気持ちは人一倍という人たちでした。
 
ヴェネト州デルタ・デル・ポーの取材もほぼ終了のころ
          
こうして訪れた取材先の数は大小あわせればFVG州で23か所、ヴェネト州で19か所。これを10日間で全て回るのは至難の業でしたが『イタリア好き』の松本編集長をはじめライターの板倉由未子さん、萬田康文さんとも集中力が途切れることなく取材に取り組まれました。
 
両州の地域の皆さんと『イタリア好き』スタッフが共に取り組んで作られたこの2冊がフリーマガジンとして現在日本の各地で配布されています。

 
『イタリア好き』の主な配布先
http://italiazuki.com/location/ 
 
機会があれば是非お手にとってご覧ください。そしていつかこの雑誌を手にこれらの生産者を訪ねて頂けたらと思います。
 
また私も機会があれば自分の言葉でこれらの素敵な生産者さんたちを『ザックザック』で紹介していきたいと思います。 
畜産
  • 2014.01.27
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昨年、ヴェネツィアを州都とするヴェネト州で面白いアグリツーリズモを見つけたのでご紹介しましょう。

場所はデルタ・デル・ポー。私の住むピエモンテ州でも東側に位置するモンヴィーゾ山を源流に持つポー川は、イタリア最長の川としてパダナ平原の穀倉地帯に恵みを与えるtお、最後に動植物の多様性に富んだ楽園や、魚介類をむっちりと太らせる入り江を形成するとアドリア海に向かってそれまで湛えてきた水を一気に吐き出します。日本ではあまり知られていない地域ですが、ここに足を一歩踏み入れると、ちょっとすぐには現実社会に戻りたくないようなそんなマジカルランド。


ここで2,3日ゆっくりするならと選んだアグリツーリズモ『La Presa(ラ・プレーザ)』。この宿を目指し、ポー川沿いの土手の舗装もされていない道を真っ白な土煙を上げながら何キロも車を飛ばしたのは昨年9月のはじめ。
このアグリツーリズモは女性が一人で経営しています。アグリツーリズモですから当然なんらかの農業生産を行っているわけですが、彼女、ルチアさんの場合は肉用牛の肥育と小麦の栽培でした。


 もともとはベネツィアの中心部で裕福な家庭の一人娘として育った彼女は、夏場になると一家の所有するポーのその農家でヴァカンスを過していました。そのうちにそこで飼われていた牛の飼育に興味をもち、幼いうちに牛の飼育にのめりこむようになる。
『牛にうつつをぬかしていたもんだからね、とうとう一生涯独り身よ。』ご家族は?という質問にあっけらかんとそう答える彼女。『でも私をしたって夏場をここで過しにやってくる子供たちがいてくれるしね。彼らが自分の家族みたいなもんね。』
牛を育てて暮らし、ヴェネツィアには戻らないと決めた彼女。が、ここはデルタ。ムール貝、ボンゴレやうなぎといった魚介類の養殖ではイタリアでも最高の質を誇るこの地域ですが、牛となると、当然、泥炭質のこの地域が乳製品に適した植生のところなはずはありませんし、ピエモンテやトスカーナのようなシンボル的な肉用種もいない。
ならば、いっそイタリア産と対抗できるものをとフランスからシャロレー種を持ち込んで肥育を始めたそうです。



現在、肥育頭数は50頭以上。気候も温暖であるため、牛舎は半屋外式。
どの牛も人懐こい。手塩にかけて育てているのが良く分かります。牛舎の清掃もこまめにされていました。 
当然、彼女一人ではそれらの作業は無理で常勤の作業員が一名。
アグリツーリズモ内でこのシャロレー牛は直販されており、キロ平均20ユーロ程度。
ピエモンテ種の仔牛肉より味わいがあり、去勢牛より肉質がやわらかい。
彼女のお勧めは厚さ7cmのTボーンステーキ。これをルチアさんの友人に作ってもらったというロケット型グリルで片面10分ずつで焼き上げる。
一枚1,5キロ程度のステーキは3人から4人程度で頂くことができます。
さらに、飲食店などにとっては地元での数少ない新鮮な牛肉を提供してくれる生産者として一定の受注も保証される。
イタリアでは農業生産全般において土着品種への強いこだわりをどこに行っても感じさせられることが多かったのですが、ルチアさんと話しているうちに、確かに土着品種がないなら牛を飼うなと一体誰が言えるだろうかと考えさせられました。


 
ここは居心地がいいです。ルチアさんはのーんびり、シャロレー牛たちと同じリズムで暮らしています。
特に夏場は子供たちの体験学習や親子連れでバカンスに来る人たちで賑わっています。


Agriturismo La Presa -
Via Cornera, 12 - 45019 Taglio di Po - Rovigo (ITALY)
Cell +39 3388683431  - Tel:+39 0426 661594 

  E-mail: info@lapresa.it  

 


畜産
  • 2013.07.11
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私の住むピエモンテ州ビエッラ周辺の酪農家は夏のこの時期、家畜を標高1000から1500メートル程度にあるアルペジョ(放牧小屋)に移動させ飼育します。
アルペッジョに家畜を移動させる作業トランズマンツァ

 
家畜にとっては暑さを凌ぎ、健康で肥えた草を食べよい乳を出すことが出来ます。またその生乳を利用してチーズを生産する者にとっては気温の上昇がなく質の安定させる利点もあります。

例えばスローフード協会のPresidio(保護生産物)となっているマッカーニョチーズなどはこの時期アルペッジョで生産されたチーズにはそのことを示す『A』 のマークが刻印されます。これが重要な付加価値を生み、通常の約30%増しの価格で市場に出回ります。

このアルペッジョですが酪農家個人ではなく自治体が所有し、酪農家に安価で貸し出されています。生産や暮らしに関わる維持管理は酪農家の負担でも大掛かりな修繕などは自治体の負担となっています。

同じ酪農家が世代をまたいで借り受けていますから半ば私有化しているようにも見えますが、 牧草地の管理、下草刈りなどの景観保全は酪農家の義務、もちつもたれつといったところでしょうか?

2008年の初め私の住むソルデヴォロ村の30戸のアルペッジョのうち標高1600メートルと最もの高いアルペッジョ『セッテ・フォンターネ』が雪崩で全壊。

名前の意味するとおり7つの泉があり、ピエモンテ全体を見渡せることからクラシックコンサートなどのイベントに使われもし、村おこしの拠点の一つともなっていただけにその再建が重い課題となりました。
村の財政は年々厳しくなるばかりで再建の財源に目途が立たないからです。

  

村長の指示でその資金提供を呼びかけるコンサートの演奏者を探していた私と夫。幾人かに声をかけ、一番最初に快くOKをくれたのが世界最高のヴィルトーゾ・ギタリストと評価の高いエドアルド・カテマリオでした。会場に詰め掛けた聴衆は彼の優しい音色に心を大きく揺さぶられました

そして2013年の夏もソルデヴォロ一高いアルペッジョでは40頭あまりの乳牛がのんびりと美味しい草を食んでいます。

2011年夏、カテマリオは過去数十年間で保存すべき名演奏される55曲をドイツグラモフォンがアルバム『Guitar Gold』として発表。そのうちギターの神様とされるセゴヴィアについで14曲と収録数の多かったのがこのカテマリオでした。ソルデヴォロでのコンサートをきっかけに続いている私達の交流の中でいつかこのアルペッジョでの演奏会ができることを彼は夢見ています。お金や名誉とは関係なく素晴らしい経験ができるはずだと。

そのカテマリオですが、昨年、好評を博した初来日に引き続き今年も8月に日本でコンサートを行います。

彼の世界屈指のヴォルトーゾ・パフォーマンスとともに温かみのある音色をお楽しみください。日本の若き演奏家達との競演で充実したプログラムとなっています。
彼は、日本滞在中、福島でチャリティコンサートに参加し子供達を前に演奏することにもなっています。
下記に東京でのコンサート情報の一つをお知らせします。 その他のコンサート情報につきましては国際芸術連盟のHPを御参照ください。

公 演 名銀河の風~E.カテマリオ氏を招いて~

日 時・会 場  
2013年8月16日(金) 19:00開演 18:30開場
杉並公会堂 小ホール

出演/曲目
エドアルド・カテマリオ<ギター>
D.スカルラッティ:ソナタ イ長調 K.322 L.483 ハ短調 K.11 L.352 
ホ長調 K.380 L.23
E.アマト:ナポリ三部作

料 金3,500円 (全席自由・税込)

申 込
東京文化会館チケットサービス Tel:03-5685-0650
JILAチケットセンター Tel:03-3356-4140 

その他のコンサート:

8月17日 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール 
http://www.jila.co.jp/?p=5361
    8

8月12日 北トピア つつじホール
http://www.jila.co.jp/?p=5399 


8月19日 大阪
http://www.jila.co.jp/?p=5384 

イベント
  • 2012.11.16
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お久しぶりです。トリノの『サローネ・デル・グスト』も終わり宴の後のような余韻に浸りつつ、私も仕事の農閑期まで後一息。
今年体験した様々な農業にまつわるエピソードをこれから少しずつお伝えして行こうと思います。

さて、まず告知です。
昨年11月、私がコーディネートを担当した旅行マガジン「イタリア好き」主催で、兵庫県赤穂市を会場に『マンマの料理フェスタ 』が来る11月23日、24日に開催されます。

イタリア好きの松本編集長から是非ピエモンテからもマンマをと熱いリクエストを受け、ピエモンテ州きっての農業地域、ワインの産地として有名なランゲ。その中でも世界中にその名の知れたバローロ村のお肉屋さんサンドローネ一家のマンマを赤穂に送り込みます。

フェスタの会場をあえて都会を離れ赤穂という町を選ん理由。
都会でこのようなイベントするよりも意味がある。
そして赤穂には本場のナポリピザを日本で普及させるべく活躍されている『さくらぐみ』の西川明男氏がいること。私も彼らの考えに全面的に賛同します。




バローロ発のマンマはマリアグラッツィアさん。一週間の半分は近くの街アルバで半日行政オフィスで仕事をし、残り半分はお肉屋さんの奥でパスタをするすると生み出すスーパーマンマ!

サンドローネ家は主のフランコさんのみをお留守番に、息子と娘、そして近所のアグリツーリズモのおかみさんも助っ人に赤穂に元気に乗り込みます。

会場ではめったに日本で目に出来ない農産物もこの日の夕食会にはお目見えすえるはず。

夕食会のご予約は明日の17日で締め切りとなっていますのでお早めにご連絡ください。
また、締め切り日をすぎても席さえ工面できれば受け付けてくれるかもしれませんのであきらめずにご連絡されることをお勧めします。

それでは皆様Buon Appetito!! ブオナッペティート!!

写真提供 『イタリア好き』委員会


畜産
今ではイタリアでもほとんど見られなくなったミルク・フェッド・ヴェイル、イタリア語で『Sanato(サナート)』。
生れ落ちてから肉用牛として屠畜場におくられるまで、母乳だけで育れられる仔牛です。


環境の僅かの変化にも敏感で手のかかる肥育作業が求められるため、ピエモンテでこの飼育が行われていたのは私の住む町ビエッラでもトリノよりのViverone地区からトリノ県Canavese地区の僅かな地域だけ。トリノやビエッラの裕福な人たちにのみが口に出来る最高級食材でした。

今ではビエッラの僅か2件の農家だけがSanatoを生産しています。因みに肉用ではピエモンテで最も一般的なピエモンテ種のものです。

 母親と同じ牛舎の片隅ある仕切りの中で1頭づつ大切に飼われている仔牛は生後6ヶ月までここで母乳のみで育てられます。母乳の時間のみ母親のところに連れられていって直接『ちゅうちゅう』。
 以前は体重が200kg前後で出荷をされていましたが、法律で規制され今では生後6ヶ月以上、体重300kg以上でないと出荷できません。



 母牛の乳量が少ないときは他の牛の乳を飲ませますが、味が同じでないため『イヤイヤ』をします。
 ビエッラでSanato生産を行う農家のうちの一件カヴァニェットさんは毎日牛に声をかけてやる、撫でてスキンシップをはかる、我が家でネコ可愛がりして飼っている犬達の待遇と変わらない。
こうして、ちょっとした環境の変化があっても人の手でストレスを和らげる。勿論それだけで解決できる事は僅かですが、これも馬鹿にならない。

確かにこの農家の牛たちは人懐っこく好奇心旺盛。私が牛舎に入ると牛が一斉に『貴方はだあれ?』と近づいてくる。乳頭を『ちゅぱちゅぱ』吸う仔牛を引きずりながら母牛がわたしに挨拶に来る。こんな肥育農家は私も未だかつて訪ねたことがない。

こうして育てられたSanatoですが、このお肉を扱う精肉点はビエッラでもたった一件になってしまいました。小売価格で1キロ20ユーロ以上。クリスマスの去勢牛とさほど変わらない高値です。

脂肪が少なく、ほとんど白身肉のようでいて味わいが深い。高級食材でもありますが、病み上がりの栄養補給にもよいそうです。


経営

火山なおとこ
 
 独創的なアイディアというのは、あまり褒められないアイディアであることの方が多い。中には良いアイディアもあったとして、長い時間をかけてはじめて成果が得られるもので、最初の試みから良い成果が上がることなどほとんどない。 
 さ
らにいうと、直感に優れた人は実務にはあまり向いておらず、ユートピアを目指し常に荒波にさらわれそうになりながら船出する人が、凪の海面をきりもなく進み続ける粘り強さも兼ね備え、一つのプロジェクトを完結させるケースはことさらに難しい。

 ここで語りたいのは、自分の夢を他の手本ともなるレベルで実現させた男の話だ。シチリア人、エトナ人、ワイン栽培醸造コンサルタント、彼の名はサルヴォ・フォーティ。


 
 10年以上遡るが彼が活動を始めた当時、周囲の環境はブドウ栽培もワイン生産も衰退の一途にあった。
 
エトナといえば過去には火山がもたらす独特の自然環境とネレッロ・マスカレーゼやネレッロ・カップッチョといった土着品種の恩恵により独特で優雅なシチリアでも最高のワインを生産する地域だった。
 

 小さな区画の段々畑にはアルベレッロ仕立てのブドウの木が並び、根元付近から伝統的に栗の木の支柱をきっちりと立て、畑を仕切るのは溶岩石を積み上げるだけで築かれた伝統的な黒壁だった。

 重労働が待っているそんな畑を投げ出すものは時とともに増え、畑は丸裸にされて景観を損なったが、それに止めを刺したのはシチリア産ワインの流行で大手ワインメーカーらが土地購入を一気に進めたことだった
 彼らは、段々畑をまっ平らに整地し、土着品種から分かりやすく海外で売れやすい国際品種に次々に植え替えを行い、アルベレッロ仕立ての使用を止め、栗の木の支柱を引っこ抜くとおぞましいセメントの支柱を地面に突き刺した。


 サルヴォの活動はシンプルかつ革命的なものだ。1435年から活動していたカターニア地域のワイン生産組合『イ・ヴィニェリ』を復活させると、シチリア人からのみという制限を堅く守った中で若者を採用し、シチリアの伝統的なワイン生産をブドウ栽培から環境に悪影響のない道具選びまで、伝統的なワイン生産をまだ体で覚えている数少ない老人たちから学ばせた。

 このワイン生産技術を使ったわずか数ヘクタールの土地から2つの素晴らしいワインが生みだすと、この2つのワインサンプルを名刺代わりに、彼はエトナでのワイン生産への投資を考えていた人たちに栽培から醸造まで一環したサービスの提供とワイン醸造コンサルタンティングサービスをセットで提案して回った。

 それはブドウ栽培はもとより農閑期には畑の修復や保全、あるいは石積みの壁を築いたり、果てはブドウの開花に香りの面から良い影響を生み出そうとハーブ類をブドウ畑で栽培するということにまでに至った。
 
『あなた方に要求するのは二点のみです。私に全幅の信頼と資金を与えて下さること、そして仕事の邪魔になるのであなた方は仕事に口を挟まないで頂くこと。』
 
 サルヴォ・フォーティはかなり無口な男に見える、口数は少なく、他人に割ける時間はさらに少ない。多くの人が先のような彼の説得に応じたのは何故だろうという疑問がわく。が、それもわずかな時間で晴れてしまった。
 現在、イ・ヴィニェリには20名が働いているが、シチリアで最も高額な給与を手にする農業従事者だ。
  『僕はエトナで最も高額な給与を約束していて、それは月1600ユーロ程度、(訳注:これは手取り額ですが、税金や保険、年金掛け金などを含めれば給与額は倍にちかい額になる。)他のワイナリーは働き手がいなくて困っているだろうが、僕は逆の問題を抱えている。僕のところでは収入があり、仕事を分け合い、尊重もされるから。

ブドウの前に人を育てる必要があるんだよ。』

 
 イ・ヴィニェリのメンバーは彼に忠実で、どんな時間帯でも、どんな犠牲をはらっても情熱をもって惜しみなく働き、今ではシチリアの様々な地域に移動しブドウを栽培をしている、常に同じ精神、常に働いてものを生み出すことに同じ喜びを感じながら。

 が、同時に各地で栽培し生産すること以外に、人も育てている。栽培醸造という仕事は現地でそれを続けていく人が必要で、無駄にかけられる時間はないから。

 現在、イタリアのみならず海外でもサルヴォへの評価は高まり、いくつかの賞も贈られた。イ・ヴィニェリによって生産されるワインたちも名品と謳われる。サルヴォはエトナ地域とワイン造りの伝統に基づく彼のワイン哲学を『La Montagna di fuoco』という一冊の本にまとめた。様々なエピソードが織り込まれ読みやすいこの本には彼の人となりが深く読み取れる。



 ある日、彼はトキワガシの林の奥にのびる道を奥に走り去るネブロディ豚(訳注:ネブロディ地域にいる半ば野生化した豚。捕獲し食用となる、ネブロディの名物。)を見つけオフロード車で追っているうちに標高1400メートルにある開けた土地に行き着いた。そこは眠るようにしてあるブドウ畑だった。
 そんな標高の高いところにブドウ畑があろうとは彼も思ってもみなかった。

 一人で世話をしていた老人によると、標高が高くブドウは完熟に達することできずにロゼワインになるといった。
 
粘り強く説得を続けても畑を売ってくれようとしなかった老人だが高齢のためこれ以上は仕事ができないと悟った時点で、ラバを使って耕せと言い残し彼に畑を売り渡した。
 

 サルヴォはラバを飼うことにした。ラバの名はジーノ、イ・ヴィニェリの有能なメンバーとなり仲間と一緒にシチリアをブドウ畑を巡って活躍している。
 

 サルヴォ・フォーティの起こした奇跡の中でも真の奇跡は、世の中が外国人労働者を最低の賃金で雇う、さらに悪質な場合は彼らを酷使して農業経営を続けるケースが増加する時代に若手労働者を雇用し、

高い賃金を払い、土作りから教えこみ、さらに出資者には彼らの提供するサービスに対し市場平均価格の約5倍の代金を支払うことを納得させ、彼らからの最大の信用を同時に得ていることだろう。

 個人の生活とプロとしての責任、狡猾さと透明性、気まぐれと信頼性、ヒエラルキーと親しさそして計画性と即興性、彼はこれらに適切な折り合いをつける能力を常に試される立場にいる。
 


 『自分のワインをブドウから作ろうと思うなら、僕の関心、僕の努力、僕の集中力はブドウ畑に注がれなくてはいけない。いったい何人のオーナーが自分のワイナリーに訪れる人を畑に連れて行き、そこで働く人と話をさせようとするだろう。僕はシチリア人のことが良くわかる。例えば、エアコンの効いた黒ガラスのランドローバーに友人を乗せて畑にやってくるオーナーがいる。

 彼の畑をクワで耕しているお百姓に手をふるだろう。が、そのお百姓が考えているのはただ一つ、彼らは気にしないこと、少なくともお百姓は彼らになんの注意も関心もはらわない。

オーナーがそのお百姓と人としての関係を築いていないから。だがそんなタイプのオーナーたちはこぞって自分のことをかっこよくヴィニャイヨーリ(=ヴィニュロン)と呼ばせたがる。

 全ての人間関係には責任がともなうだろう。そんな人たちは友人やジャーナリストと自宅に戻って一緒にワインを飲んだらおしまい、、、ところがいったん人間関係を築きだした相手には、翌日にもう必要ないから来なくてもいいとは言えない、君はその人を自分の人生に招きいれたからだ。

 僕がたとえば今日、それは日曜であったり、復活祭やクリスマスかも知れないが、畑で30人である作業を行う必要があるとして、僕は仲間の誰かに頼み込む必要なんてない、、、電話の受話器を手にとって『お前たち、ここでこういう問題が起きた、、、』といいさえすればいい。

 ブドウの苗木を畑に植えるのだってトマトの苗木を植えるのとはわけが違う、ブドウの苗木は自分の子供の代のために植えるものだからだ。ブドウの木は尊重されるべきだ、自分たちに仕事を与え、僕たちの土地への蓄えになる、急に翌日なくなってしまうものではないのだから。
 活動を始めた頃は様々な問題が起きた、時には重大なものも。わかるだろう、僕たちはシチリアというとても特殊な環境で暮らし仕事をしているからね。とにかく『その種類の問題』も解決したよ。
                                僕が自分からある人たちのところに出向いて言ってこういったんだ、僕は人々に仕事を与え、生活の糧を与えている、それに問題があるならそう言ったらいい、ただし、僕の顔をみて話して欲しいと。その後、彼らとの間でトラブルが起きたことは一度もない。』

サルヴォ・フォーティ、50歳。ブルーグレーの瞳で率直に相手を見つめるウ・ドゥットゥーリ(訳注:シチリア方言でドットーレ(先生)の意)。さあ、何時でも出発できますか?どこにでも、どの畑にも? 今すぐにでも?

ウ・ドゥットゥーリ、あなたは知識と規則を私たちに教えてくれる人です!
 
www.salvofoti.it
www.ivigneri.it
文・クラウディオ・ガッリーナ 
2011年12月10日付『La Provincia di Biella 紙』掲載
訳・岩崎幹子 
経営
『ワインは醸造所で作るんではない、畑でできるのだ!』
故テオバルド・カッペッラーノは口癖のようにそういっていましたが、自然派ワインが市場でも広く受け入れられてから久しい今日では、すでに常識とされているでしょう。
良いブドウを栽培してはじめて良いワインができる。小手先の調合で人を感動させるワインはできない。


 日本酒はブドウの品質に大きく影響されるワイン作りと違い、人の技術によるところが大きい、つまりお米の良し悪しはあまり重要でないといわれたことがありますが、ちょっと違う気がします。

優秀なエノロゴの大切な仕事はブドウ栽培のコンサルティングから始まります。
どういうブドウ栽培が良いワインを作る基本となるか、それをエノロゴ自身がつかんでいないと人にアドバイスなんて出来ません。ここでも古くからの知恵も伝統も最先端技術も必要になります。その上で初めて醸造所でのコンサルティングにはいる。これまでのイタリアにはこの辺りを理解していないエノロゴは結構多かったです。
畑にいるときからどんなワイン造りをするかコンセプトがしっかり構築されていないとたいしたものにはならない。だから結局、人の力が重要なのです。日本酒造りのワイン造りもそういう意味では似ており、違うがあるとは思いがたい。 
  
さらに今日お話したい人物。エトナ地域を中心にワイン生産組合『IVigneri(イ・ヴィニェーリ)』として活動するエノロゴのサルヴォ・フォーティはもっと踏み込んだあり方でワイン生産に挑んでいます。
日本でも彼の手がけたワインは流通していますし、世界中から彼の活動は注目されていますから彼の名を耳にしたことのある方も多いでしょう。


 
日本でサルヴォのワインを輸入されている企業のお引き合わせでサルヴォさんとはここ数年お付き合いをさせていただいています。 
彼の活躍する舞台、エトナ地域のブドウ畑をくまなく見せていただいたのは2009年。 今でも、写真を開くまでもなく彼の畑の隅々までを瞼のうらに描くことができるほど景観的にも美しく、個性があり、火山地域ならではの力強さすら感じる生きた畑でした。
 
彼の赤ワイン『Vinupetra』は世界で唯一飲んだあとの酔ったり、頭痛のないことはもちろんですが、飲む前よりさらに元気がでるワインです。
ロゼの『Vinudilice』は毎年その顔がかわる微発泡だったり、香り高い無発泡だったりお祝い事のあったときにしか開けませんが大好きなワインです。
 
彼を私の言葉で紹介しても語りつくせないのではと心配ですので、ずるいかもしれませんが、主人が地方紙で担当してるコラムで彼を紹介した記事を翻訳してご紹介したいと思います。


 
  インタビューに答えてくれた彼の言葉はどれも深く響きます。中途半端に人とはかかわれない、自分の果たすべき責任を一体自分は自覚して仕事をしてきたか。とても考えさせられます。同時に農業のありかたについても、、、
言っておきますが、彼の活動はイタリアでも特別です。同時にイタリア人だから現代においてもこういうことが実現できたともいえます。悪い意味でいつの世もヒーローを必要とする国ですから。 

このインタビュー記事は日本でワイン造りを行っている方、新規に就農をされるかたにもどこかで役に立つ内容が含まれていると願っています。
 
ではどうぞ。 

 コラム記事
http://www.zackzack.jp/u/iwasaki/igkytj18tigp62 

過去の関連記事
http://www.zackzack.jp/u/iwasaki/igkytj1n952v7r 
イ・ヴィニェーリのHP
www.ivigneri.it