• 2015.04.06
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Paolo Massobrio(パオロ・マッソブリオ)さんは、農業経済及び食文化の分野で長く活躍してみたジャーナリスト。食のガイドブック『il Golosario(イル・ゴロザリオ)』の著者であり、イタリア全土で会員数6000名、50支部を持つグルメクラブ『Club Papillon(クラブ・パピヨン)』の主宰を務めています。
彼のレストランガイド『イル・ゴロザリオ』は点数や星ではなく、料理の良し悪しはもちろん、居心地、雰囲気、地域との関わり方や、時には、オーナーの人柄まで審査の基準となり、彼のガイドを利用してレストラン選びをすれば間違いがないと、ガイドの利用者たちから大きな信頼を集めています。 

『イル・ゴロザリオ』はレストランガイドだけでなく、ワイン、農産物、食材やお菓子など各地域の特産とその優れた生産者を紹介するガイドも発行。私も食関係のクライアントのための視察場所などの選定の参考に利用することが少なくありません。 

今年1月の半ばにそのマッソブリオ氏から彼の情報サイトに連載の依頼を頂いたときは、何が起こったかと驚きましたが、名誉なことでもあり、喜んでお受けしました。
、、、とは言うものの、テーマや頻度たずねても全て『Come vuoi!(君の好きなように)』と返事あるのみ。全国紙にかけもちで寄稿し、最近はテレビにレギュラー出演もされている多忙な人の時間は奪えない。自分で考えるしかない。少し考え込んでしました。

考えた末、基本的に次の約束事の中でテーマを決めることにしました。

1・私は料理やワインの専門家ではないから、食の評論はしない。このポータルには多くのイタリア人の食の専門家が寄稿していますから、マッソブリオさんが私にそれを求めているとは思えません。

2.イタリア人はまだまだ日本の食文化を現実を知らない人が多いため、日本の食文化を楽しく広げていく。

3.イタリアの政治や経済はここ数年低迷していて、人々の顔も曇りがちです。イタリア産業の優等生、『食』を日本人の目で見つめ、イタリア人を励ますような内容のものを書く。

それで第一回目は、『宝半島・イタリア』、2回目は『寿司の被害者』3回目は『ザ・ミラクル・バター』4回目は『ワイン・オブ・ライス-日本酒』そして現在5回目、6回目と順調に2週間間隔で寄稿が続いています。

マッソブリオさんの承諾を頂きましたので、今回はまず、その1回目を日本語で掲載します。
もちろんこれはイタリア人に向けて書いているものですから日本の皆さんには当たり前のことを書いている部分もあり、少し違和感があるかもしれませんが、その点お含みおきください。

では、Buona lettura!

イタリア宝半島 (La penisola del tesoro: 2015年1月21日付)
http://www.ilgolosario.it/assaggi-e-news/attualit%C3%A0/motoko

 「お宝あった?」 
 マルペンサ空港の免税店が並ぶ通路を抜け、帰国便への搭乗を待つ日本人が友達同士でよく口にする言葉だ。「お宝」とは、以前はほとんどの場合ブランド品を意味し、彼らの足元にはピカピカの紙袋が3つ4つと置かれているのが普通だった。ところが最近のイタリアへの日本人旅行者にとって「お宝」は多様化し形を持たないことすらある。      
 この10年ほどで、日本人の旅のあり方は大きく様変わりした。
日本人観光客はイタリアにとって成熟市場になり、ローマ、フィレンツェなどの観光主要都市を巡る格安団体パック旅行への申込者数には陰りがある。日系ツアーオペレーターも岐路に立たされ、よりオリジナリティーがある少人数のための企画を高い質で提供することを迫られている。

 イタリアは日本人にとって魅力多い国だ。一度イタリアを訪れれば、その多くが2度3度とイタリアの土を踏むことになる。そしてその主要目的が食文化の発掘であることは稀ではない。教育課程で世界史や西洋美術が必須の日本だが、イタリアの史跡に対する一般人の知識はヨーロッパ人のそれに比べれば当然浅く、それらに心を動かされることは難しいのに対し、イタリアのエノガストロノミーが持つ説得力つまり『美味さ』は直接的で抵抗しがたい。 

  加えて食を文化として重要な位置づけをするイタリアでは、小さな生産者にこそ日本人が求める「商品の裏にあるストーリー」を含んでいることが多い。 

  7年ほど前、日本のツアーオペレーターから突然切羽詰った声で電話があり、どうしても獲得したい料理学校のイタリア研修の仕事があるが、提案した企画を学園長から「こんな平凡な企画この私に持ってくるな」とつき返された。何かオリジナリティーのある企画を作れないか?という。彼の企画ではチーズでもワインでも生産組合から紹介された大規模生産者(企業)の見学を選んでいた。

 それまで個性的なツアーは提案しても敬遠するばかりのこの旅行会社からの依頼に、(どうせ今回もノーというだろう、だったら、、、)と敢えて自分が一番好きな個性的な生産者を選んで日程を組んだ。ビエッラの森の中にあるトーマ生産者、モンフェッラートのトリフ採り、レストランでのパスタ実習そしてバローロ造り手のテオバルド・カッペッラーノも入れた。後日、予想に反して催行が決まると、受け入れは10人がせいぜいだとテオバルドにも他の生産者にも50人の訪問に小言を言われた。

11月の訪問の当日、テオバルドは体の具合が良くなかった。それでも松葉杖をついて必死でカンティーナまで降りてきてくれ、まるで自分の孫に話をするようにまだ知識も浅い日本の料理人の卵たちに時間を割いてくれた。その姿に心を打たれた日本の若者たちは彼から買ったワインをバスの中でトリノに着くまで抱いていた。テオバルドの訃報を聞いたのはそれから3ヵ月後のことだった。

これらのことは実は日本人にとってエキゾチックに写るのはおかしいのだ。日本には仏教の他に神道があり、そこにはアニミズムの基づく食の考え方がある。
 子供の頃、私の祖母は、それぞれのご飯粒が仏様が三体いらっしゃるから粗末にしてはいけないと毎日言い続けていた。日本人の食には魂があった。食べ物を敬う気持ちが『もったいない』という言葉にはある。

 その同じ日本人が今は植物工場という施設を作り、土には一切触れさせない無菌状態の野菜を作って販売している。農水省も施設の増加を補助金制度で後押している。日本でも当然有機農業の価値は高いが、巷には味のしない野菜が流通していることが多い。イタリアに来るとどこで食べても野菜が美味しいという日本人は今でも多い。どこかでボタンを掛け違ったままの食世界に閉じ込められた日本からやってくる旅行者にはイタリア人が心血を注いで作るワインボトル一本、魂のこもった温かなスープ一杯が心の宝になり得る。

 イタリアの小さな生産者や飲食店をとおして州ごとに人々の暮らしを紹介する日本の雑誌の編集長は、取材旅行の帰りに日本へのお土産としてどうしても持って帰りたいとサヴォイ・キャベツを抱いて帰った。『甘く、味わいの深いキャベツの緑はブルガリのダイヤモンドより美しい!』と。