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今週のZファーマー
アグレッシブなZファーマーたち
日本から5千キロ南へ!オーストラリアで和牛生産者に会ってきた!
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名前: 鈴木崇雄さん 和牛生産牧場ベルツリー・オーストラリア(オーストラリア)
何かを変えたり認めてもらったりするには自分で実績作らないとダメなんですよ。何年かかるか分からないですけど。品質と価格が折り合った確実に美味しいお肉というのを作っていきたいと思っているんです
(text by ニー・ダンセル)
作業は基本的に1人で行うが、3人の子どもたちがトラクターを操るなどして手伝う。和牛を中心に100頭以上を飼育。繁殖させて種牛や肉牛を作って販売する。肥育業者(育てて太らせる業者)に売るだけでなく自前で穀物肥育も行っている。レストランにも肉牛を直接卸す。
[牛]
1月 種付け
4月 駆虫剤投与
5月 離乳
9月 出産
12月 種付け
[草地]
5月 薪割り、雑木伐採、等
8月 追肥
10月 除草作業
VOL.3 鈴木流英会話術、「よろしくごめんください」でふっきれる。
2008.12.30 Tue
英語がまるで話せないのに、渡豪して牧場で働きはじめた鈴木さん。話せるようになったコツってなんですか?
「例えば『よろしくごめんください』って変な日本語ですけど、そう言ったからって外国の人をバカにしたりはしないでしょ。
だからちょっとくらい変でも伝わればいいんですよ。僕も3年目くらいまではちょっと恥ずかしさもあったけど、4年目くらいにふっきれました。一番大事なのは『ふっきれるかふっきれないか』だと思いますよ」
なるほど、勉強になります。
「英語も山形弁だと思えばどうってことないですよ。ははは」
英語が山形弁とは・・・。ふっきれ方が半端じゃないが、たしかに一理ある。
そういや、山形県出身の友人の父親の山形弁はほとんど理解不能だったが、どうってことなかったな。とりあえず笑顔で「ははは」と応対して、分からないなりに話は弾んでいた。山形に行って山形弁が分からなくてもドキドキはしない、英語もそう思えばいいのか。
その後はなんと牧場で働きながら、大学の畜産コースを受講して、解剖の授業を英語で受けたり、論文を書いたりするようになったという。どんな論文を書いたのだろうか。
「『穀物肥育150日と300日の脂肪交雑の入り方の違い』とかそういうのを書いたんですよ」
うーむ、マニアックでよく分からないです。でもなんかすごく大変そうです。
「要は穀物を餌として牛に与えた日数によってどれくらい脂の入り方が違ってくるかということです。論文だから文法とかも気をつけないといけないでしょ。あと他の人の論文も読まないといけない。
会社からは卒業したらお金を出してやるけど、途中でやめたら自腹だぞって言われてたから、自分のお金のためにもなんとしても卒業しないとダメだったんです。週末も会社に行って論文書いたりしてました。非常に充実してたけど、もう絶対やりたくないです。やってみたらどうですか?」
ゲゲッ。とてもじゃないけど、私はそこまでできそうにはないです。それにしても全然話せなかった人が論文まで書けるようになるのだからすごい。鈴木さんは面白く話をしているが、実際はかなり大変な努力だろう。
苦労もありつつも仕事は順調だった鈴木さんに、また次の大きな転機が訪れる。約一年半前の2006年12月のことである。
「16年間経ったとき40歳だったんですが、もともとここの土地のオーナーだった方から、この土地を使って牧場をやらないかとの誘いがありました。
勤めていた牧場の仕事は面白かったんですが、やっぱり企業利益を求めないといけない部分もあって、自分の理想とずれてきてたんです。このまま会社にいてもやりたいことを続けるのは難しいと思って思い切ってチャレンジすることにしたんです」
当たり前だが一般的に会社を辞めるというのは非常に大きな決断である。家族を持つ鈴木さんにとってはどうだったんだろうか?
「上の子は11歳だったんで、やっぱり彼女なりの世界があるじゃないですか。友達もできているし。だからここに引っ越してくることになったときはショックだったと思いますよ。ただここはシドニーも近いし、教育的にも悪くないかなと思ったんです」
「自分の牧場持てるチャンスはそうそうないんですね。お金を払ってもできないかもしれない。成功するか失敗するか分からないけど、チャレンジできる、そんなチャンスが運良くめぐってきたので、やってみようと思ったんです。会社には色々勉強させてもらって感謝していますよ」
こうして、この地、ニューサウスウェールズ州ブルーマウンテンで豪州産和牛の生産を始めることになったのだ。
そんなわけで次は、鈴木さんの育てている豪州産和牛について!
「例えば『よろしくごめんください』って変な日本語ですけど、そう言ったからって外国の人をバカにしたりはしないでしょ。だからちょっとくらい変でも伝わればいいんですよ。僕も3年目くらいまではちょっと恥ずかしさもあったけど、4年目くらいにふっきれました。一番大事なのは『ふっきれるかふっきれないか』だと思いますよ」
なるほど、勉強になります。
「英語も山形弁だと思えばどうってことないですよ。ははは」
英語が山形弁とは・・・。ふっきれ方が半端じゃないが、たしかに一理ある。
そういや、山形県出身の友人の父親の山形弁はほとんど理解不能だったが、どうってことなかったな。とりあえず笑顔で「ははは」と応対して、分からないなりに話は弾んでいた。山形に行って山形弁が分からなくてもドキドキはしない、英語もそう思えばいいのか。
その後はなんと牧場で働きながら、大学の畜産コースを受講して、解剖の授業を英語で受けたり、論文を書いたりするようになったという。どんな論文を書いたのだろうか。「『穀物肥育150日と300日の脂肪交雑の入り方の違い』とかそういうのを書いたんですよ」
うーむ、マニアックでよく分からないです。でもなんかすごく大変そうです。
「要は穀物を餌として牛に与えた日数によってどれくらい脂の入り方が違ってくるかということです。論文だから文法とかも気をつけないといけないでしょ。あと他の人の論文も読まないといけない。
会社からは卒業したらお金を出してやるけど、途中でやめたら自腹だぞって言われてたから、自分のお金のためにもなんとしても卒業しないとダメだったんです。週末も会社に行って論文書いたりしてました。非常に充実してたけど、もう絶対やりたくないです。やってみたらどうですか?」
ゲゲッ。とてもじゃないけど、私はそこまでできそうにはないです。それにしても全然話せなかった人が論文まで書けるようになるのだからすごい。鈴木さんは面白く話をしているが、実際はかなり大変な努力だろう。
苦労もありつつも仕事は順調だった鈴木さんに、また次の大きな転機が訪れる。約一年半前の2006年12月のことである。「16年間経ったとき40歳だったんですが、もともとここの土地のオーナーだった方から、この土地を使って牧場をやらないかとの誘いがありました。
勤めていた牧場の仕事は面白かったんですが、やっぱり企業利益を求めないといけない部分もあって、自分の理想とずれてきてたんです。このまま会社にいてもやりたいことを続けるのは難しいと思って思い切ってチャレンジすることにしたんです」
当たり前だが一般的に会社を辞めるというのは非常に大きな決断である。家族を持つ鈴木さんにとってはどうだったんだろうか?
「上の子は11歳だったんで、やっぱり彼女なりの世界があるじゃないですか。友達もできているし。だからここに引っ越してくることになったときはショックだったと思いますよ。ただここはシドニーも近いし、教育的にも悪くないかなと思ったんです」
「自分の牧場持てるチャンスはそうそうないんですね。お金を払ってもできないかもしれない。成功するか失敗するか分からないけど、チャレンジできる、そんなチャンスが運良くめぐってきたので、やってみようと思ったんです。会社には色々勉強させてもらって感謝していますよ」
こうして、この地、ニューサウスウェールズ州ブルーマウンテンで豪州産和牛の生産を始めることになったのだ。
そんなわけで次は、鈴木さんの育てている豪州産和牛について!
今週のZファーマー
Zファーマーとは、自分で考え、工夫や発明を重ねて、クリエイティブな農業を営む農家のことです。

川部正巳さん
滋賀県米原市
占いの人に聞いたら、土か火に関係する仕事が向いてるよって言われたんです。火といえば、消防士でしょ。でも、応募年齢過ぎててあかんかった(笑)。陶芸家、花火師、造園業とかいろいろ考えて、美味しいもの食べるの好きやし、農業がいいかなって思ったんですよね。


