HOME
今週のZファーマー
アグレッシブなZファーマーたち
どっぽ村で働き学ぼう!農業と大工!
![]()
![]()
名前: 松本茂夫さんと清水陽介さん、どっぽ村発起人+どっぽ村に関わる若者たちさん 滋賀県
買うのをやめて、なんでも自分で作れるようになろう。まず生きる基本、家を建てることと食べ物を作ることを身につけるのがどっぽ村や。
(text by 鈴木和歌奈)
松本さんの農業と清水さんの大工仕事を手伝いながら技術を習得する。農業では、米、そば、麦、菜種などの種まきや収穫、草刈りなどを行う。大工仕事では、清水さんが請け負った住宅の増改築を手伝う。実際、どっぽ村でゲストハウスなどの建物を建てたりすることも。
春から秋にかけて農業。自然のサイクルに任せて春は田植え、夏は草刈り、秋は稲刈りを行う。冬の間や雨の日は大工仕事をする。そば打ちなども体験できる。
VOL.02 どっぽ村誕生のひみつ
2009.02.12 Thu
学校でも会社でもない、どっぽ村という不思議な場所は、どのようにしてできたのだろう?今回は、首謀者の2人の人生やどっぽ村誕生の秘話に迫ります!
松本さんは、今でこそ集落の7割の土地を任されて米やそばを作るエース農家だが、若いときは就職した会社を辞めアルバイト生活を続けていた。
結婚しても定職につかずフリーターというよりもプータローで引きこもり状態だったらしく、あまりによく寝ていて床ずれができたという伝説まである。
だが、表にはプータローに見えて農繁期には親の田んぼを手伝いつつ、ふだんは家で本を読み、ひたすらモノを考えていたらしい。今では大工、林業、電気、そば打ち重機操作などもこなすというスキルフルなおっちゃんだ。

清水さんはというと、現在は建築会社の代表だが、これまで公務員、フリーター、農家、雇われ大工などを経ている。しかも、若いときはなんと放浪者。中学、高校と自転車で日本を一周した。
さらに、一旦は就職したものの日本を飛び出し、4年かけてインドからアフリカまで世界一周したらしい。
インドからアフリカ・・・今ならいざ知らず、当時としてはかなり破天荒だ。
しかし、こんな脱線人生が社会の矛盾にズバッと切り込む。
「こういう生き方をしてきたからなあ、何が正しい生き方かはわからへん。でも、今の社会は分業化しすぎてバランスが悪い。もちろん分業化することで日本は豊かになったから、否定はできない。
でもすべてに分業を当てはめるのは間違ってると思う。会社に不満があっても職を失うと生きていけないから辞められない人がいっぱいいるやろ。
だけど、農と建築の2つを身につければ、たとえ現金収入がなくなっても生きていけるんやないか。自分ができることを増やして自分で暮らしを作ることが大事なんちゃうか」(清水さん)
「最近の子は小さいころから『夢を持て』と言われ続けている。でも、夢のせいで自分を認められない子が多い。
夢を見る必要なんてないんや。自分の生活をコツコツやっていければそれでいい。平日はストレス溜込んで休日はディズニーランドで発散、みたいなことしなくても、地に足つけて暮らしを自分で作っていけばええんや」(松本さん)
なるほど!隊長もスズキも「うぬう、たしかに」とうなるばかり。現代社会のやんわりとした生きにくさを肌で感じている若者が2人を慕って集まってくる理由もわかる気がする。
「地域を活用できて『作れる若者』を育てる場を作れないか」と10年くらい前から構想を練っていたという。
「職人大学は他にもある」
「学校にはしたくない」
と意見を言い合っているうちに、人が集まり「村」らしきものがゆるやかにできていった。
どっぽ村の方程式はこうだ。
「作る」/「買う・選ぶ」=「達成感、幸福度、自由度」。
分子の「買う・選ぶ」を小さくして分母の「作る」を増やすことで、生活の豊かさが大きくなる。その例が住宅。
「この拠点施設は100万円で建てたんや。ホンマやで。みんな最初は耳を疑うけどな。家は材料を加工する技術さえあれば100万円で建つ。技術を習えば住宅ローンで人生縛られる必要なんてないんや」(清水さん)

「どっぽ村をやりだしたらな、共感してくれる人がな、けっこうたくさんいた。ちゅうことは、どっぽ村でやろうとしていることには社会性があるんやろうな。
でもな、それを狙ったわけじゃない。それは、あとからついてきたんや、ふふふ」。松本さんは静かに笑う。
ちなみに、どっぽ村には組織図もない。スケジュール表もない。
関わる人が各々の技術を発揮しながら、ゆるやかに方向性を共有して結びついている。
組織でもないしでも、バラバラな個人でもない。新しい形だ。
「どっぽ村は、NPOでも学校でも、コミューンでもないから、いまだに説明には困るんやけどなー。それぞれが独歩で生きていけるための『どっぽ村』っていうのが、まああっとるかな」
そう、言うならば「どっぽ村」と呼ぶのがぴったりではないか。ネーミングもなかなかである。オリジナルは国木田独歩!
次回はどっぽ村の面白プロジェクトを紹介します!「ほほう、なるほど」がいっぱいです。
お見逃しなく!
松本さんは、今でこそ集落の7割の土地を任されて米やそばを作るエース農家だが、若いときは就職した会社を辞めアルバイト生活を続けていた。結婚しても定職につかずフリーターというよりもプータローで引きこもり状態だったらしく、あまりによく寝ていて床ずれができたという伝説まである。
だが、表にはプータローに見えて農繁期には親の田んぼを手伝いつつ、ふだんは家で本を読み、ひたすらモノを考えていたらしい。今では大工、林業、電気、そば打ち重機操作などもこなすというスキルフルなおっちゃんだ。

清水さんはというと、現在は建築会社の代表だが、これまで公務員、フリーター、農家、雇われ大工などを経ている。しかも、若いときはなんと放浪者。中学、高校と自転車で日本を一周した。さらに、一旦は就職したものの日本を飛び出し、4年かけてインドからアフリカまで世界一周したらしい。
インドからアフリカ・・・今ならいざ知らず、当時としてはかなり破天荒だ。
しかし、こんな脱線人生が社会の矛盾にズバッと切り込む。「こういう生き方をしてきたからなあ、何が正しい生き方かはわからへん。でも、今の社会は分業化しすぎてバランスが悪い。もちろん分業化することで日本は豊かになったから、否定はできない。
でもすべてに分業を当てはめるのは間違ってると思う。会社に不満があっても職を失うと生きていけないから辞められない人がいっぱいいるやろ。
だけど、農と建築の2つを身につければ、たとえ現金収入がなくなっても生きていけるんやないか。自分ができることを増やして自分で暮らしを作ることが大事なんちゃうか」(清水さん)
「最近の子は小さいころから『夢を持て』と言われ続けている。でも、夢のせいで自分を認められない子が多い。
夢を見る必要なんてないんや。自分の生活をコツコツやっていければそれでいい。平日はストレス溜込んで休日はディズニーランドで発散、みたいなことしなくても、地に足つけて暮らしを自分で作っていけばええんや」(松本さん)
なるほど!隊長もスズキも「うぬう、たしかに」とうなるばかり。現代社会のやんわりとした生きにくさを肌で感じている若者が2人を慕って集まってくる理由もわかる気がする。
「地域を活用できて『作れる若者』を育てる場を作れないか」と10年くらい前から構想を練っていたという。「職人大学は他にもある」
「学校にはしたくない」
と意見を言い合っているうちに、人が集まり「村」らしきものがゆるやかにできていった。
どっぽ村の方程式はこうだ。
「作る」/「買う・選ぶ」=「達成感、幸福度、自由度」。
分子の「買う・選ぶ」を小さくして分母の「作る」を増やすことで、生活の豊かさが大きくなる。その例が住宅。
「この拠点施設は100万円で建てたんや。ホンマやで。みんな最初は耳を疑うけどな。家は材料を加工する技術さえあれば100万円で建つ。技術を習えば住宅ローンで人生縛られる必要なんてないんや」(清水さん)

「どっぽ村をやりだしたらな、共感してくれる人がな、けっこうたくさんいた。ちゅうことは、どっぽ村でやろうとしていることには社会性があるんやろうな。でもな、それを狙ったわけじゃない。それは、あとからついてきたんや、ふふふ」。松本さんは静かに笑う。
ちなみに、どっぽ村には組織図もない。スケジュール表もない。
関わる人が各々の技術を発揮しながら、ゆるやかに方向性を共有して結びついている。
組織でもないしでも、バラバラな個人でもない。新しい形だ。
「どっぽ村は、NPOでも学校でも、コミューンでもないから、いまだに説明には困るんやけどなー。それぞれが独歩で生きていけるための『どっぽ村』っていうのが、まああっとるかな」
そう、言うならば「どっぽ村」と呼ぶのがぴったりではないか。ネーミングもなかなかである。オリジナルは国木田独歩!
次回はどっぽ村の面白プロジェクトを紹介します!「ほほう、なるほど」がいっぱいです。
お見逃しなく!
今週のZファーマー
Zファーマーとは、自分で考え、工夫や発明を重ねて、クリエイティブな農業を営む農家のことです。

川部正巳さん
滋賀県米原市
占いの人に聞いたら、土か火に関係する仕事が向いてるよって言われたんです。火といえば、消防士でしょ。でも、応募年齢過ぎててあかんかった(笑)。陶芸家、花火師、造園業とかいろいろ考えて、美味しいもの食べるの好きやし、農業がいいかなって思ったんですよね。


