HOME
今週のZファーマー
アグレッシブなZファーマーたち
どっぽ村で働き学ぼう!農業と大工!
![]()
![]()
名前: 松本茂夫さんと清水陽介さん、どっぽ村発起人+どっぽ村に関わる若者たちさん 滋賀県
買うのをやめて、なんでも自分で作れるようになろう。まず生きる基本、家を建てることと食べ物を作ることを身につけるのがどっぽ村や。
(text by 鈴木和歌奈)
松本さんの農業と清水さんの大工仕事を手伝いながら技術を習得する。農業では、米、そば、麦、菜種などの種まきや収穫、草刈りなどを行う。大工仕事では、清水さんが請け負った住宅の増改築を手伝う。実際、どっぽ村でゲストハウスなどの建物を建てたりすることも。
春から秋にかけて農業。自然のサイクルに任せて春は田植え、夏は草刈り、秋は稲刈りを行う。冬の間や雨の日は大工仕事をする。そば打ちなども体験できる。
VOL.06 デザイナーも帰ってきた!
2009.03.12 Thu
どっぽ村は、どっぽ生だけにあらず。じつは上山田では世の中の動きに逆行し、UターンやIターンの若者が増加中。自然豊かな里山に惚れこんた若者がぽつぽつと住み始め、独自路線の人生を歩んでいるのだ。
そのひとりが松本さんの娘・菜々子さん。東京で6年半グラフィックデザインの仕事をしていたが、去年の6月に生まれ育った上山田に戻りフリーでデザインを始めた。どっぽ村のwebやパンフレットなどの構成、デザインを手がけているのも、じつは彼女。連載中の、冨田酒造のラベルの一部もデザインしている。
東京では、会社と自宅との往復の日々だったという。
「自分のことに集中すれば良かったから気ままでした。楽しかったですよ。ただ、こっちには一緒に何かできると思える仲間がいたんです」
と地元に戻ることを決めた。
上山田に帰ってくると、同世代がいろんなことに取り組んでいた。林業に携わる人、農業を営む人、地域づくりに力を入れる人。
「ここの子たちは、都会の子たちとは全然遊び方が違う。大人の遊び方を知ってるなあと思いました。ちょっとした所に野菜とか藍を植えたり、採れたものを使ってダッチオーブンとかで料理を作ったり。買うとか出かけるんじゃやなくてそこにあるもので楽しむんです」
今は、実家に住みながら築100年の民家を事務所として借りて、地元や東京での知り合いからデザインの仕事を受けている。また、同世代の仲間とギャラリー運営もしている。隣にもう一棟民家を借りてギャラリースペースに改造し、染め物や絵などを展示&販売しているのだ。
アーティストの作品でなく、普通の人の手仕事を紹介する場として。大事なのは「自分たちの手でつくる」こと。
「これから、どんどんこのあたりが元気になって個性を発揮していけたら魅力的な場所になるんじゃないかなと」
ギャラリーもそんな意気のなかで出てきた。たまたま空いていた一軒家を期間限定で貸してもらってギャラリーにしているのだ。
じぶんの田舎に戻ってきた、菜々子さん。もどってきみたら変化がたくさんあったらしい。
「人とのかかわり合いの中で暮らすようになりました。今まで自分は会社の一部だったけど、個になったというか。でも逆に共同体を意識するようになりました。高校の時はものすごーく上山田から外に出たかっんですけど帰って来たら『こんなにいい所だったんだ!』って気づきましたよ!ふふふ」
「東京に戻りたいと思ったことないんですか?」と聞いてみると「もーっツ、無理ですっ!」。大笑い。
「ここの方が自分に合ってますね。一回、外に出たから逆に良さがわかる。今ならここでやっていけます」
菜々子さんがデザインを勉強しに大学へ行くと言ったとき茂夫さんは「デザインだと!なんだそんなうわついた!」と怒ってはげしく喧嘩をしたのだとか。
ところがいまでは、松本さんが運営する農業法人「大戸洞舎」で販売する加工品のパッケージのデザインは菜々子さん担当。母・富子さんも参加して、レトルトのそばの実雑炊を販売している。うわついたものと言われつつも、帰ってきてみたらかなり活躍しているのだ。取材のきっかけも、どっぽ村のパンフレットなのだから、デザインの力はすごい。
試食させてもらうとやわらかに滋味のある味。これはおやつとか夜食にもよさそう。富子さんは「こうして娘が手伝ってくれるとはねえ、夢にも思いませんでした。こういう場が作れたことが嬉しいんですよー」とにっこり。大反対したデザインの勉強がこんなところで役に立っているからか、茂夫さんは、ちょっぴり照れくさそうである。

事実、菜々子さんが帰ってきたことで、同世代の輪が広がりどっぽ村に出入りする若者が増加中!!
都会OLから里山暮らしに転向したという人がもう一人いるらしい。その村井さんが登場!
そのひとりが松本さんの娘・菜々子さん。東京で6年半グラフィックデザインの仕事をしていたが、去年の6月に生まれ育った上山田に戻りフリーでデザインを始めた。どっぽ村のwebやパンフレットなどの構成、デザインを手がけているのも、じつは彼女。連載中の、冨田酒造のラベルの一部もデザインしている。
東京では、会社と自宅との往復の日々だったという。「自分のことに集中すれば良かったから気ままでした。楽しかったですよ。ただ、こっちには一緒に何かできると思える仲間がいたんです」
と地元に戻ることを決めた。
上山田に帰ってくると、同世代がいろんなことに取り組んでいた。林業に携わる人、農業を営む人、地域づくりに力を入れる人。「ここの子たちは、都会の子たちとは全然遊び方が違う。大人の遊び方を知ってるなあと思いました。ちょっとした所に野菜とか藍を植えたり、採れたものを使ってダッチオーブンとかで料理を作ったり。買うとか出かけるんじゃやなくてそこにあるもので楽しむんです」
今は、実家に住みながら築100年の民家を事務所として借りて、地元や東京での知り合いからデザインの仕事を受けている。また、同世代の仲間とギャラリー運営もしている。隣にもう一棟民家を借りてギャラリースペースに改造し、染め物や絵などを展示&販売しているのだ。
アーティストの作品でなく、普通の人の手仕事を紹介する場として。大事なのは「自分たちの手でつくる」こと。「これから、どんどんこのあたりが元気になって個性を発揮していけたら魅力的な場所になるんじゃないかなと」
ギャラリーもそんな意気のなかで出てきた。たまたま空いていた一軒家を期間限定で貸してもらってギャラリーにしているのだ。
じぶんの田舎に戻ってきた、菜々子さん。もどってきみたら変化がたくさんあったらしい。「人とのかかわり合いの中で暮らすようになりました。今まで自分は会社の一部だったけど、個になったというか。でも逆に共同体を意識するようになりました。高校の時はものすごーく上山田から外に出たかっんですけど帰って来たら『こんなにいい所だったんだ!』って気づきましたよ!ふふふ」
「東京に戻りたいと思ったことないんですか?」と聞いてみると「もーっツ、無理ですっ!」。大笑い。
「ここの方が自分に合ってますね。一回、外に出たから逆に良さがわかる。今ならここでやっていけます」
菜々子さんがデザインを勉強しに大学へ行くと言ったとき茂夫さんは「デザインだと!なんだそんなうわついた!」と怒ってはげしく喧嘩をしたのだとか。
ところがいまでは、松本さんが運営する農業法人「大戸洞舎」で販売する加工品のパッケージのデザインは菜々子さん担当。母・富子さんも参加して、レトルトのそばの実雑炊を販売している。うわついたものと言われつつも、帰ってきてみたらかなり活躍しているのだ。取材のきっかけも、どっぽ村のパンフレットなのだから、デザインの力はすごい。
試食させてもらうとやわらかに滋味のある味。これはおやつとか夜食にもよさそう。富子さんは「こうして娘が手伝ってくれるとはねえ、夢にも思いませんでした。こういう場が作れたことが嬉しいんですよー」とにっこり。大反対したデザインの勉強がこんなところで役に立っているからか、茂夫さんは、ちょっぴり照れくさそうである。
事実、菜々子さんが帰ってきたことで、同世代の輪が広がりどっぽ村に出入りする若者が増加中!!都会OLから里山暮らしに転向したという人がもう一人いるらしい。その村井さんが登場!
今週のZファーマー
Zファーマーとは、自分で考え、工夫や発明を重ねて、クリエイティブな農業を営む農家のことです。

川部正巳さん
滋賀県米原市
占いの人に聞いたら、土か火に関係する仕事が向いてるよって言われたんです。火といえば、消防士でしょ。でも、応募年齢過ぎててあかんかった(笑)。陶芸家、花火師、造園業とかいろいろ考えて、美味しいもの食べるの好きやし、農業がいいかなって思ったんですよね。


