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今週のZファーマー
アグレッシブなZファーマーたち
豪州で日本の若者に農業が人気?
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名前: 冨田たけしさん 収穫スタッフコーディネート会社「ピッキーズ」(オーストラリア)
オーストラリアの広大な大地に触れ、種植えから収穫するまでの工程に実際に携わって、初めてモノを作ることの喜びや苦労に気づきました。 食生活も野菜中心になり、すべては繋がっているんだと考えられるようになりました。この体験をぜひ若い日本人にしてほしい。きっと『マジ地球サンキュー』って気持ちになりますよ!
(text by ニー・ダンセル)
仕事の仕組み:オーストラリアの農家で働きたい日本人の若者に、仕事(主に収穫作業)を紹介する。また、その若者たちが宿泊する施設も運営している。人手が足りないときは自らも収穫作業を手伝う。
一年中。(ワーキングホリデーの若者が増える時期と農家の繁忙期は忙しくなる)
VOL.02 26番目の都市、バンダバーグへ。
2009.09.24 Thu
24時間テレビマラソンと5時間ドライブ
ピッキーズを経営する冨田さんに会いに、フルーツピッキングの舞台となる農場を見に、私はバンダバーグへ向かった。私が住むブリスベンから、バンダバーグまでは車で5時間ほど。
長距離の運転が苦手な自分にとっては気が遠くなるような道のりだった。単調でまっすぐな道を走っていると永遠に着かないのではないかとのいう恐怖が襲ってくる。そして、眠気も襲ってくる。はっきり言って辛い。
しかし、24時間テレビのマラソン走者を思うと、私はまだ車だし5時間だし恵まれている、と自分に言い聞かせてなんとか、私はバンダバーグまで辿り着いた。
えらく遠くまで来たような気がしたが、地図上で見るとA地点からB地点まで動いたに過ぎない。お釈迦様の手のひらの上で移動していた孫悟空のような気分だ。
冨田さんと合流して、ピッキーズが経営する宿に向かった。フルーツピッキングをする若者たちが宿泊できる施設である。一息ついたところで、早速、冨田さんに話を聞いた。
冨田さんがオーストラリアに来た理由もワーホリ。
オーストラリアにはいつ来たんですか?
「2002年、23歳のときにワーホリで。そのときはセカンドビザなんてなかったですからね、1年間という期限付きの海外生活だから、色々な人との出会いを大切に毎日必死で自分の可能性を模索していました。そうしているうちに、雑誌編集の経験もあったので、ブリスベンにある日本人向けの新聞社で雇ってもらうことになり、結局この会社では3年間働きました。自分がやりたいように楽しく仕事をさせてもらっいましたよ。」
ビジネスパートナーとの出会い
それで、どうしてフルーツピッキングの会社を立ち上げることになったんですか?
「青木という人物との出会いから始まります。彼は、私と同じようにワーホリでオーストラリアに来て、その後就労ビザで日本人向けの旅行代理店で働いていた。当時、新聞社で働いていた私のところにも、旅行会社で働いていた彼のところにも、日本人から『ピッキングの仕事はないか?』という問い合わせが結構あったんですよ。セカンドビザはまだない時ですが、英語力がなくても海外でお金を稼げるフルーツピッキングの仕事がしたいが、どうしていいか分からない日本人が多かった。それでこれはチャンスなんじゃないかと、青木さんと意気投合。直感でこの仕事は当たると思いましたから。二人ともフルーツピッキング、やったことなかったんですけどね。」
オーストラリアのどこに会社作る?
とは言っても、どこを拠点にするかを決めるのは難しい。オーストラリアはお釈迦さんの手の平のごとく広いのだ。
「会社立ち上げを決めてからオーストラリア全土を調査しましたよ。どこが一番フルーツピッキングに適した町なのかなと思って。」
最終的に、バンダバーグに決まった理由はなんだったんですか?
「まず一つは大都市から近いことですね。ブリスベンやゴールドコーストなどの都会から車で5時間くらいで着く。これだったら自分たちで都会に住む人たちの送迎サービスも出来ますよね。ブリスベンからは、電車で66ドル(約5千円)、バスでも90ドル(約7千円)で着きます。さすがに、これ以上遠かったら都会からわざわざ出て行くのが面倒になっちゃいますからね。あとバンダバーグは亜熱帯で年中農業が出来るんですよ。それも大きな要因の一つでした。」
やっと拠点をバンダバーグに定めた冨田さん達だったが、異国の地での会社立ち上げはなかなかスムーズには行かなかったようだ。はたして、ピッキーズがどうやって軌道にのっていったのか!
つづく
ピッキーズを経営する冨田さんに会いに、フルーツピッキングの舞台となる農場を見に、私はバンダバーグへ向かった。私が住むブリスベンから、バンダバーグまでは車で5時間ほど。長距離の運転が苦手な自分にとっては気が遠くなるような道のりだった。単調でまっすぐな道を走っていると永遠に着かないのではないかとのいう恐怖が襲ってくる。そして、眠気も襲ってくる。はっきり言って辛い。
しかし、24時間テレビのマラソン走者を思うと、私はまだ車だし5時間だし恵まれている、と自分に言い聞かせてなんとか、私はバンダバーグまで辿り着いた。
えらく遠くまで来たような気がしたが、地図上で見るとA地点からB地点まで動いたに過ぎない。お釈迦様の手のひらの上で移動していた孫悟空のような気分だ。
冨田さんと合流して、ピッキーズが経営する宿に向かった。フルーツピッキングをする若者たちが宿泊できる施設である。一息ついたところで、早速、冨田さんに話を聞いた。
冨田さんがオーストラリアに来た理由もワーホリ。
オーストラリアにはいつ来たんですか?「2002年、23歳のときにワーホリで。そのときはセカンドビザなんてなかったですからね、1年間という期限付きの海外生活だから、色々な人との出会いを大切に毎日必死で自分の可能性を模索していました。そうしているうちに、雑誌編集の経験もあったので、ブリスベンにある日本人向けの新聞社で雇ってもらうことになり、結局この会社では3年間働きました。自分がやりたいように楽しく仕事をさせてもらっいましたよ。」
ビジネスパートナーとの出会い
それで、どうしてフルーツピッキングの会社を立ち上げることになったんですか?
「青木という人物との出会いから始まります。彼は、私と同じようにワーホリでオーストラリアに来て、その後就労ビザで日本人向けの旅行代理店で働いていた。当時、新聞社で働いていた私のところにも、旅行会社で働いていた彼のところにも、日本人から『ピッキングの仕事はないか?』という問い合わせが結構あったんですよ。セカンドビザはまだない時ですが、英語力がなくても海外でお金を稼げるフルーツピッキングの仕事がしたいが、どうしていいか分からない日本人が多かった。それでこれはチャンスなんじゃないかと、青木さんと意気投合。直感でこの仕事は当たると思いましたから。二人ともフルーツピッキング、やったことなかったんですけどね。」
オーストラリアのどこに会社作る?とは言っても、どこを拠点にするかを決めるのは難しい。オーストラリアはお釈迦さんの手の平のごとく広いのだ。
「会社立ち上げを決めてからオーストラリア全土を調査しましたよ。どこが一番フルーツピッキングに適した町なのかなと思って。」
最終的に、バンダバーグに決まった理由はなんだったんですか?
「まず一つは大都市から近いことですね。ブリスベンやゴールドコーストなどの都会から車で5時間くらいで着く。これだったら自分たちで都会に住む人たちの送迎サービスも出来ますよね。ブリスベンからは、電車で66ドル(約5千円)、バスでも90ドル(約7千円)で着きます。さすがに、これ以上遠かったら都会からわざわざ出て行くのが面倒になっちゃいますからね。あとバンダバーグは亜熱帯で年中農業が出来るんですよ。それも大きな要因の一つでした。」
やっと拠点をバンダバーグに定めた冨田さん達だったが、異国の地での会社立ち上げはなかなかスムーズには行かなかったようだ。はたして、ピッキーズがどうやって軌道にのっていったのか!
つづく
今週のZファーマー
Zファーマーとは、自分で考え、工夫や発明を重ねて、クリエイティブな農業を営む農家のことです。

川部正巳さん
滋賀県米原市
占いの人に聞いたら、土か火に関係する仕事が向いてるよって言われたんです。火といえば、消防士でしょ。でも、応募年齢過ぎててあかんかった(笑)。陶芸家、花火師、造園業とかいろいろ考えて、美味しいもの食べるの好きやし、農業がいいかなって思ったんですよね。


