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今週のZファーマー
アグレッシブなZファーマーたち
豪州で日本の若者に農業が人気?
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名前: 冨田たけしさん 収穫スタッフコーディネート会社「ピッキーズ」(オーストラリア)
オーストラリアの広大な大地に触れ、種植えから収穫するまでの工程に実際に携わって、初めてモノを作ることの喜びや苦労に気づきました。 食生活も野菜中心になり、すべては繋がっているんだと考えられるようになりました。この体験をぜひ若い日本人にしてほしい。きっと『マジ地球サンキュー』って気持ちになりますよ!
(text by ニー・ダンセル)
仕事の仕組み:オーストラリアの農家で働きたい日本人の若者に、仕事(主に収穫作業)を紹介する。また、その若者たちが宿泊する施設も運営している。人手が足りないときは自らも収穫作業を手伝う。
一年中。(ワーキングホリデーの若者が増える時期と農家の繁忙期は忙しくなる)
VOL.03 ピッキーズ設立、そして契約農家開拓へ
2009.10.01 Thu
異国でぶち当たった壁
オーストラリアでフルーツピッキングの仕事を日本人に紹介する会社、ピッキーズを設立した冨田さんたち。会社設立後の経緯を聞いた。
軌道に乗るまではやっぱり大変だったんですか?
「僕がイメージしていたのはフルーツピッキングをを行いたい日本人をブリスベンやゴールドコーストなどの都会からバンダバーグに送迎して農家に紹介するというサービスでした。」
仕事が軌道に乗ってきても
「そこからやっと徐々にいい評判が広がり出したんです。その後はゲストハウスもはじめました。ピッキングで働く人の宿も必要ですからね。とはいってもそれからも、アクシデントは絶えませんでした。ある時には、いきなり警察が来たりしたこともありました。」
次回は、サエさんに、フルーツピッキングの体験談を聞きます。
オーストラリアでフルーツピッキングの仕事を日本人に紹介する会社、ピッキーズを設立した冨田さんたち。会社設立後の経緯を聞いた。軌道に乗るまではやっぱり大変だったんですか?
「僕がイメージしていたのはフルーツピッキングをを行いたい日本人をブリスベンやゴールドコーストなどの都会からバンダバーグに送迎して農家に紹介するというサービスでした。」
たしかに、自力で農園探すの大変ですもんね。うまくいきそうです。
「でも『なにか日本人向けの仕事をもらえないですか?』って聞いても、誰も相手にしてくれないんですよ。訪ねても訪ねても、こっぱみじんです。
かといって各農家の人手が足りている訳ではないから、何らかの形で農作業を手伝う人は絶対必要なはずなんですけど。そしたら、バンダバーグではバックパッカーの宿が、宿泊客に農家の仕事を紹介するシステムが存在していたことが分かったんです。僕らが新しい会社を作っても簡単には入り込めない。あれには弱りましたね。」
つまり、既にライバルは思わぬところにいたのだ!いきなり大きな壁に当たってしまった冨田さんたち。
唯一、契約できた農家だったが......
「どこも契約取れなかったのに、唯一契約がとれた農家があったんです。でも、実は、その農家はこの近隣で一番嫌われてて。バックパッカー宿も嫌がるくらい。まあ、だから、うちと契約できたみたいなんですけどね。
その農家、金払いが悪いんですよ。労働時間ごまかしたり、期限内にお金払ってくれなかったり、賃金が最低賃金を下回っていたり。こっちは紹介した以上、日本人のお客さんにはお金払わないといけないので、交渉しつつよく立て替えたりしていました。こっちも苦しいのにね。」
ワゴンで送迎、1ヶ月で4000キロ走破!
「でも、その農家が、知り合いのバジル農家を紹介してくれて、やっと2つ目の契約が取れたんですよ。そこはオーストラリア人が8人働いていたんですが、徐々に僕たちの紹介する日本人に切り替わっていって、最終的には日本人が10人ほど働くようになった。日本人の作業は丁寧だし評判もよくて。僕たちも一緒にバジルを刈りましたよ。平日はバジルを刈って、週末はブリスベンまで日本人の送迎をする生活をして。1ヶ月で4000キロくらい走ってました。」
つまり、既にライバルは思わぬところにいたのだ!いきなり大きな壁に当たってしまった冨田さんたち。
唯一、契約できた農家だったが......
「どこも契約取れなかったのに、唯一契約がとれた農家があったんです。でも、実は、その農家はこの近隣で一番嫌われてて。バックパッカー宿も嫌がるくらい。まあ、だから、うちと契約できたみたいなんですけどね。
その農家、金払いが悪いんですよ。労働時間ごまかしたり、期限内にお金払ってくれなかったり、賃金が最低賃金を下回っていたり。こっちは紹介した以上、日本人のお客さんにはお金払わないといけないので、交渉しつつよく立て替えたりしていました。こっちも苦しいのにね。」
ワゴンで送迎、1ヶ月で4000キロ走破!
「でも、その農家が、知り合いのバジル農家を紹介してくれて、やっと2つ目の契約が取れたんですよ。そこはオーストラリア人が8人働いていたんですが、徐々に僕たちの紹介する日本人に切り替わっていって、最終的には日本人が10人ほど働くようになった。日本人の作業は丁寧だし評判もよくて。僕たちも一緒にバジルを刈りましたよ。平日はバジルを刈って、週末はブリスベンまで日本人の送迎をする生活をして。1ヶ月で4000キロくらい走ってました。」 仕事が軌道に乗ってきても
「そこからやっと徐々にいい評判が広がり出したんです。その後はゲストハウスもはじめました。ピッキングで働く人の宿も必要ですからね。とはいってもそれからも、アクシデントは絶えませんでした。ある時には、いきなり警察が来たりしたこともありました。」
え?なぜいきなり警察が?
「ライバルのバックパッカー宿の嫌がらせでした。やっぱり僕たちアジア人がこっちで会社を作っていろいろやっていると目立つんですよね。」
そんなに壁だらけでよく挫折しませんでしたね。
「でも失敗することは考えなかったし、結婚して子供もいたので、今さら後には引けないし、一生懸命やっていました。だから、楽しかったですよ。野菜買うお金もなくて農家からもらったこともよくありましたね。」
冨田さんの会社立ち上げ秘話を聞いているうち、自分も立ち上げの苦労を味わっているみたいでお腹がすいてきた。
冨田さんの会社立ち上げ秘話を聞いているうち、自分も立ち上げの苦労を味わっているみたいでお腹がすいてきた。そのとき「ご飯ができましたよー」との女神の声が。
宿のマネージャーを勤めるサエさんが、料理を作ってくれたのだ。実は、サエさんも、フルーツピッキングをしていたひとり。
次回は、サエさんに、フルーツピッキングの体験談を聞きます。
つづく




